偉人の妄想インタビュー⑤~桓武天皇~ その5

こんにちは。

全て、講師亀崎の妄想です。ちょっとした読みもの的な感じで作ってみました。

広い心で、暇つぶし的に読んでいただければ幸いです。

 

桓武天皇の第4回です。

 

策士・百川(ももかわ)の未来予想図とは?

 

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インタビュアーを「I」、桓武天皇を「桓」とする。

 

I:藤原氏としては、桓武天皇を即位させるために光仁天皇を立てた、と。

桓:そうやねん。でも、それは百川の考えやな。

I:永手は違ったんですか?

桓:ええか、けっこう複雑でおっそろしい話やで。よう聞いときや。

  称徳天皇の姉ちゃんな、井上内親王やろ。そこに子がおったんや。他戸(おさべ)親王いうて。

  ワシよりだいぶ年下やけどな、普通に考えたらそっちがオヤジの次の天皇や。

  聖武天皇の孫やし。

  ワシも、「他戸親王が皇位継承代位1位に決まってるやーん」と思っとった。

  他戸親王も立太子(天皇の後継として使命すること)されたしな。

  で、永手は井上内親王や他戸親王を推しとったんや。

  ところがなあ。

  あれは、永手が死んだすぐ後やった。

  井上内親王と他戸親王がいきなり捕まったんや。

  なんや、オヤジ(光仁天皇)を呪っとった、いうてな。

  オヤジと井上内親王は仲良うなかったらしいけど、そない簡単に呪うか?

  とにかく、捕まったんや。二人は。

  しかもそのあと、オヤジの姉ちゃん、ワシのオバちゃんやな、難波内親王が亡くなったんや。

  それも井上内親王と他戸親王が呪い殺したんや!ってなって。

  もう大逆(たいぎゃく)扱いやがな。

  あの人ら幽閉されて、ただの一般人になってな。それから2年もたたんで死んでしもた。

  いや、殺され・・・まあ、死んだ、でええわ。

I:確か、永手は北家で百川が式家でしたよね。

  永手が死んだ直後に井上内親王と他戸親王の失脚っていうのは、タイミング良すぎですね。

  そりゃあ、百川中心に黒いうわさは立ちますよねえ・・・。

  では、他戸親王の皇太子の地位を追われた後、桓武天皇が皇太子になった、と。

桓:そうやな。もう、あんまり細かいこと考えたないけど、結果そうなってん。

  受け入れるしかあれへんがな。

I:式家としてはとても都合のよい状況になりましたね。

桓:それがな、井上内親王が死んだあと、急に式家の者が死んでいったんや。

  井上内親王と他戸親王の祟りやって噂がたってたな。

  ついでにオヤジも病気になった。

  実はワシも病気になって死にかかったんやで。やばかってん。

  百川も死んだしなあ。ワシが即位する前や。

  他にも、いろいろ災害もおきたしな。

  こっちのほうがガチで呪いちゃうか?っていう。

I:では、式家はそれで弱まったんですか。

桓:そこまでは弱まってないねん。種継(たねつぐ)がおったから。

  百川の甥っ子やな。

  種継もよう頑張ってくれたで。

I:では、桓武天皇の即位はすんなりいったんですか。

桓:せやな。オヤジが生きている間に譲位したからな。

  で、天皇になるかもしれんってなってから、ずっとしたいことあたんや。

I:遷都ですか?

桓:するどいやん。

  まあ、ワシも天皇になったんは40過ぎてからや。若くないねん。

  正直、平城京はちょっとな。しんどかったんや。

 

 

 

いよいよ平安時代の幕開けです。

それにしても、なぜ都を動かしたのでしょうか?

次回は、平安京遷都の話です!