歴史のウラ伝説 1 「ホントに日本の守護聖人?」ザビエルの裏使命

元気ですか?

講師亀崎です。

 

今回は、ザビエルの伝説について紹介したいと思います。

「え?あの南蛮菓子の?『銘菓・瑠異沙もよろしく』で有名なヤツ?」

と思った方。

違います。大分の誇る“お土産系南蛮菓子”「ざびえる」ではないです。

銘菓の名前の由来となったスペイン人「フランシスコ・ザビエル」のお話です。

 

ザビエルが、なぜ日本に来たんでしょうか。

「そりゃ、キリスト教の布教でしょうよ」ってなりますよね。

正解です。

でも、ザビエルを含むカトリック系宣教師たちは、裏の使命を帯びていたのでは?

という話は、意外と知られていません。

 

その使命について語るまえに、ザビエルについてザっと紹介します。

1506年にスペインのバスク地方で生まれたザビエル。

パリ大学に進学後、聖職者になることを決心します。

その後、大学で知り合ったイグナチオ・デ・ロヨラ達とイエズス会を結成しました。

1541年、ポルトガル国王からの依頼で、ザビエルやその仲間はインドへ布教をしにいきます。

インドや東南アジアで布教していたザビエルはヤジローという日本人に出会いました。

こうして1548年、ザビエル達は日本に向かいました。

鹿児島、長崎、山口などで布教したザビエル達は、1551年に大分県に入ります。

1552年、中国に渡ったザビエルは、そこで病にかかって亡くなりました。

 

こんな感じです。

ここで、一つ疑問が浮かびませんか。

 

なぜ、ポルトガル国王が布教に行かせたんでしょうか。

 

当時のヨーロッパ情勢を知ると、ポルトガル国王の計画が見えてきます。

 

話は、レコンキスタ(国土回復運動)までさかのぼります。

現在スペインやポルトガルのあるイベリア半島は、もともとキリスト教圏でした。

しかし、8世紀にはイスラム教国家に支配されました。

なんやかんやいろいろあって、15世紀にキリスト教勢力が完全にイベリア半島を取り戻しました。

スペインとポルトガルは、レコンキスタの最中に建国されました。

そしてレコンキスタ完了時には、世界のツートップ強国になっていました。

イケイケだった2国は、レコンキスタ直後にスゲぇ条約を結びます。

1494年のトルデシリャス条約と、1529年のサラゴサ条約です。

簡単にいうと「世界をオレたち(スペイン・ポルトガル)で分けようね」という条約です。

本国以外は植民地ですよね。

しかも、この条約の内容はカトリックのトップである教皇(ローマ法王)にも認められました。

カトリックの勢力圏で、2大国が世界を2分するというド派手なやり取りが進行していましたが、

もうひとつカトリックを震撼させる出来事も進行していました。

そう、宗教改革です。

結果的に、カトリックの信者がガタ減りしましたよね。

ドイツを中心に北ヨーロッパでかなりの人がプロテスタントになりましたから。

これは、カトリックにとって非常に大きな痛手となります。

 

というのも、カトリックの最大の特徴が「教会やキリスト像がメッチャ派手!」というものです。

もともとキリスト教は、教会でも何でも質素かつシンプルでした。

あるとき「わかりやすい信仰の対象があったほうが、信者が増えるじゃん」という意見がでます。

こうして、11世紀にキリスト教は昔ながらの質素スタイルである「正教会(東方教会)」と、

ド派手にいきたい「カトリック(西方教会)」に分裂しました。

「東西教会の分裂」です。

繰り返しますが、カトリックの教会や像は派手派手なんです。

つまり、造るのも維持(修繕)するのもお金がかかるんです。

信者が減れば、お布施も減るので、教会の建設や維持が困難になるんです。

ということで、世界を2分してガンガン海外進出し領土を拡大したい2大国と、

新たに多数の信者を獲得したいカトリックの利害が一致します。

「布教アーンド支配」という図式のできあがりです。

 

ここで、一つ興味深いエピソードがあります。

1596年に起きたサン・フェリペ号事件でのことです。

高知県に漂着したスペインのサン・フェリペ号の船員が、問題発言をした事件です。

漂着した船員は豊臣秀吉の部下である増田長盛に取り調べを受けました。

増田は尋ねました。

「なんで、スペインはそんなに大きな領土を持てたのよ?」

船員は答えました。

「征服したいところがあったら、まず宣教師を送るだろ。

 そこのヤツらを、キリスト教に改宗させるんだよ。

 そうすりゃあ、あとで兵を送ったときに簡単に征服できるのさ。

 キリスト教のヤツがこっち側についてくれるからな!オーレ!」

その直後、秀吉は2度目の禁教令を出しました。(1回目はバテレン追放令)

 

 

これで、ザビエルの“裏”使命が見えてたのではないでしょうか。

そうです。

ポルトガルの「日本支配の先遣隊」という使命を持っていた可能性があるのです。

 

もちろん、日本に来たのはザビエルだけではありません。

他にも貿易商など色々な人が随行してました。

だから、ザビエルだけに対する使命ではなかったかもしれません。

特に、イエズス会はカトリックに対する愛情が並みではありません。

ザビエルは信者が増えて精神的救済を受ける人が増えれば、それでよかった可能性が高いですね。

ただ、ザビエル一行に特別な使命があった可能性はあります。

 

ちなみに、「サラゴサ条約」での境界線が非常に不気味です。

トルデシリャス条約では大西洋に境界線を引きました。

一方、サラゴサ条約では太平洋で境界線を引いています。

(このとき、スペインによるフィリピンの領有も決定しました)

日本は、その境界線上にあたるのです。

ということは、スペインも日本を狙っていた可能性があるのです。

何なら、東日本はスペインに、西日本はポルトガルに分割支配された可能性があるのです!

 

そういえば、ザビエルが日本にいる間スペイン国王あてに、ある文書を送ったそうです。

そこには「日本をスペイン領にしたらアカンで」と書かれてあったとか

結果、ザビエルが日本を救ったという見方もできます。

いや、それだと敗者の発想ですね。

 

 

これが、ザビエルにまつわる伝説です。

宣教師だけに、信じるか信じないかはあなた次第ですけど・・・ね。

 

 

長文に付き合っていただいて、ありがとうございました。

また機会があったら、ウラ伝説をリリースしたいと思います。